福井地方裁判所 昭和57年(ワ)86号 判決 1983年12月26日
原告
閤田信夫
右訴訟代理人
藤井健夫
被告
トヨタビスタ福井株式会社
右代表者
藤尾定尾
右訴訟代理人
金井和夫
玄津辰弥
主文
被告は原告に対し別紙目録記載の自動車につき所有権移転登録手続をせよ。
原告の本訴請求中請求の原因1にもとづく請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一 請求の趣旨
(主位的請求の一―但し請求の原因1の請求)
被告は原告に対し別紙目録記載の自動車につき昭和五六年八月一四日売買を原因とする所有権移転登録手続をせよ。
(主位的請求の二―但し請求の原因2の請求)
主文同旨
(予備的請求―但し請求の原因3の請求)
被告は原告に対し別紙目録記載の自動車につき昭和五六年八月一四日売買を原因とし、被代位者福井市加茂河原町三丁目一二番二九号海道自動車株式会社、昭和五六年八月一〇日売買を代位原因とする所有権移転登録手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求の原因
1(一) 原告は被告から昭和五六年八月一四日海道自動車株式会社(以下訴外会社という)の仲介で別紙目録記載の自動車(以下本件自動車という)を買受けた。
(二) 原告は本件自動車の代金をすべて被告の代理人若しくは使者である海道自動車株式会社に支払済である。
よつて原告は被告に対し右売買にもとづき本件自動車について所有権移転登録手続をなすことを求める。
2(一) 仮に右が認められないとしても被告は昭和五六年八月一〇日訴外会社に本件自動車を売渡した。
(二) その際被告は訴外会社に対し、同会社が本件自動車を原告に転売することを許諾していた。
(三) 仮に被告において本件自動車の転売先が原告であることを知らなかつたとしても、被告は本件自動車が訴外会社から一般のユーザーに転売されることを知つていたものである。
(四) このように流通を予定された商品について、一般のユーザーが訴外会社のようなサブディーラーから当該商品(本件自動車)を買受け、代金を完済し、かつ、その引渡も受けている場合には、被告のようなメインディーラーと訴外会社のようなサブディーラーとの間の売買に代金を完済するまで所有権を被告に留保する旨の特約があつても、その留保所有権をもつて原告に主張対抗することはできず、したがつて被告の訴外会社に対する同時履行の抗弁権も主張対抗できないと解すべきである。
何となれば被告は訴外会社に対し本件自動車を他に転売されることを承知のうえで販売しており、訴外会社のようなサブディーラーを顧客として確保しておくことは被告にとつて量販のため必要かくべからざるものなのであるから、一方で販売政策のためにサブディーラーに「どんどん売つてくれ」と依頼しながら、他方でサブディーラーからの代金回収に失敗するや内部的な所有権留保の特約を楯に代金も完済し、商品の引渡も受けている転売先に対しその所有権取得を否定するというのは商品取引における信義則に照して許されない。
そうすると、本件自動車のように被告からの転売授権にもとづいて訴外会社から通常の営業の範囲内で転売され、転買人においてその代金全額を支払つて訴外会社において転買人に対し所有権留保を主張できなくなつた時には、被告の訴外会社に対する所有権留保も失われるべく、被告はこれらのことをあらかじめ承認したうえで訴外会社に本件自動車を販売したものと解するのが相当である。
したがつて本件自動車の所有権は被告から失われると同時にユーザーである原告に取得されることとなり、現象的には善意取得または時効取得が成立したのと同様となるのである。
よつて原告は被告に対し本件自動車について所有権移転登録手続をなすことを求める。
3(一) 仮に右が認められないとしても、被告は昭和五六年八月一〇日訴外会社に本件自動車を売り渡した。
(二) 原告は昭和五六年八月一四日訴外会社から本件自動車を買受けた。
(三) そして仮に訴外会社が被告に本件自動車の代金を支払つていないとしても被告は前記2(四)の理由により、被告は所有権留保ないし同時履行の抗弁をもつて原告に対抗できない。
よつて訴外会社は被告に対し本件自動車の所有権移転登録手続を請求できるから、原告は訴外会社に対する本件自動車の所有権移転登録請求権を保全するため、訴外会社に代位して被告に対し、本件自動車について訴外会社に所有権移転登録手続をなすことを求める。
四 請求の原因に対する答弁
1(一) 請求の原因1(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実は不知。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同(二)ないし(四)の主張は争う。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は不知
(三) 同(三)の主張は争う。なお原告の右の主張は所有権留保に関する理論と同時履行に関する理論を混同するものであつて失当である。
五 抗弁
1(一) 被告は昭和五六年八月一〇日訴外会社に割賦販売法の指定商品たる本件自動車を次の約定のもとに売渡した。
(1) 代金一二九万四八〇〇円(割賦手数料を含む)
(2) 代金の支払方法
下取車価格 金二七万六〇〇〇円
残金一〇一万八八〇〇円は同年九月から昭和五七年八月まで毎月末日に金八万四九〇〇円宛を支払う。
(3) 代金完済時まで本件自動車の所有権は被告に留保する。
(二) その後昭和五六年九月一日に被告と訴外会社は右(一)の代金額を金一二五万一四〇〇円に(二)の割賦代金支払方法を「残金九七万五四〇〇円は同年一〇月から同五七年二月まで毎月末日に金一九万五〇八〇円宛払う」と変更することに合意した。
(三) しかるに訴外会社は被告に対し本件自動車の代金として下取車を引渡したほか昭和五六年一〇月末日に金一九万五〇八〇円を支払つたのみで残金七八万〇三二〇円の支払をしない。
よつて被告は本件自動車の留保所有権にもとづき原告と訴外会社の関係がどうであれ、原告の本訴請求には応じられない。
2 被告は訴外会社が本件自動車の残代金七八万〇三二〇円の支払をするまで、本件自動車の所有権移転登録手続をなすことを拒絶する。
六 抗弁に対する答弁
1 抗弁1の事実中被告と訴外会社間の本件自動車の売買契約について訴外会社が代金を完済するまで所有権は被告に留保する旨の合意があつたとの点は否認する。
なお被告は本件自動車が割賦販売法の指定商品であつた旨を主張する。右の主張は同法七条を援用するものと認められるが、同法八条一号によれば「指定商品を販売することを業とする者に対して行う当該指定商品の割賦販売には同法七条を適用しない。」旨定められており、本件自動車の被告への所有権留保は推定されない。
七 証拠関係<省略>
理由
原告は「被告が原告に対し訴外会社の仲介により昭和五六年八月一四日本件自動車を売渡した」旨を主張するが、本件全立証によるも右を認めるに足りない。
したがつて右を前提とする原告の請求の原因1にもとづく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから失当として棄却すべきである。
二次に原告の請求の原因2にもとづく請求について判断する。
まず被告が訴外会社に対して昭和五六年八月一〇日本件自動車を売り渡したことは当事者間に争いがない。
そして<証拠>によると次の事実が認められ、ほかにこの認定に反する証拠はない。
被告は昭和五六年八月一〇日自動車の販売等を業としていた訴外会社に対して、本件自動車を代金一二九万四八〇〇円(割賦手数料を含む)とし、支払方法は下取車を金二七万六〇〇〇円で引取り、残金一〇一万八八〇〇円を同年九月から同五七年八月まで毎月末日に金八万四九〇〇円宛割賦で支払うこと、代金完済までは所有権を被告が留保することを約して売り渡した。その後昭和五六年九月一日に右売買代金額を金一二五万一四〇〇円に減額し、残金九七万五四〇〇円を同年一〇月から同五七年二月まで毎月末日に金一九万五〇八〇円宛割賦で支払う旨変更することを合意した。
しかるに訴外会社は本件自動車の代金として右下取車を引渡したほか昭和五六年一〇月分の割賦金一九万五〇八〇円を支払つたのみで残金の支払をしないまま同年一一月ころ事実上倒産し、被告は訴外会社から右の残代金の支払を受けられないことになつた。被告は従前から自動車を一般のユーザーに販売する場合には訴外会社のような業者に一たん売り渡し、その業者が更にユーザーに販売するといういわゆる「業販システム」で販売していた。そして本件自動車を訴外会社に売り渡したときも訴外会社が他の一般のユーザーに販売することを十分に認識していた。しかるに被告は訴外会社に対する売買代金債権を保全する措置は全く講じておらず、訴外会社が本件自動車代金を支払わなければ留保してある所有権を行使してユーザーから本件自動車の返還を求めればよいと考えていた。原告は訴外会社から昭和五六年八月一四日に本件自動車を買受けそのころ右代金を全額訴外会社に支払い、右自動車の引渡を受けた。
以上の認定事実によれば、ユーザーである原告は訴外会社の営業の通常の過程で訴外会社に代金を完済して、訴外会社から本件自動車の引渡を受けたのであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、原告において本件自動車の所有権を取得したものと信じたものと推認するのが相当である。
したがつて被告において訴外会社との売買における留保所有権を行使し、若しくは訴外会社から代金の支払を受けていないことを理由として原告の本訴請求を拒否することは、原告に対して不測の損害を与えるものであつて信義則に照して許されないものと解するのが相当である。
以上の認定判断によれば、原告は民法一九二条の法理にのつとり、本件自動車の所有権を取得し、その結果被告は右自動車の所有権を失つたものと認むべきであるから、原告は被告に対して直接本件自動車について所有権移転登録手続を請求することができるものと解すべきである。 (高橋爽一郎)